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『終の棲家』

投稿日:2024年1月31日

北沢美代の『終の棲家』は有料老人ホームの入居者から見た老人ホームの生活描写だ。冒頭から世田谷の松沢病院が出て、たまたま私の自宅から近く、赤堤通りを使って自動車で甲州街道や環状八号線に出るとき八幡山の手前で右側にある大きな病院だ。本書に書かれているように以前は精神病院だったらしいが、今は一般病院になっている。

 詩人で精神科医師の斎藤茂吉(ご子息の北杜夫も精神科の医師で作家だ。)が、同じ赤堤通り沿いにあった青山脳病院を東京都に譲渡して、東京都立松沢病院分院(その後梅が丘病院として改名。)となったことから八幡山の松沢病院とは本院と分院という関係だったらしい。

著者は80歳前後の入居者だと思える。このホームでは一番の若手だと言う。この老人ホームの立地の環境などを述べている描写が本書の中にあるので、おそらく環状八号線を挟んで芦花公園がすぐにある大手介護事業会社が経営する老人ホームだと思える。

老人ホームの経営者として非常に興味をもって本書を読んだ。ホームの入居者からみたホームの運営、スタッフへの感じ方や感情、入居者同士の人間関係などは入居者でないと分からないところがある。しかしこの著者はホームのダイニングでの食事のあと、流し台で自分の食器だけでなく他の入居者の食器までボランティアで洗っているというから、ある意味非常に変わった入居者だと言える。ホームの忙しく働くスタッフにありがとうと感謝し少しでも自分でできることは手助けしたいというのが動機らしい。入居者が食事時に使うエプロン折りやガーゼの四つ折りを入居者が手伝うということは、指の運動や脳の活性化に通じるということで、分からないことはないが、食器洗いとなると若干複雑だ。どこまでがボランティアで、どこまでがスタッフの仕事かの区切りがつかなくなるからだ。また移動介助などを手伝ってもらうと、もし事故があった場合、責任の問題でややこしくなると思える。

以前、テレビで「やすらぎの郷」という老人ホームを舞台にしたドラマがあったら、正直言ってドラマは老人ホームが単なるドラマの舞台であって、描かれている内容は通常の老若男女の人生でもよくある憎愛や嫉妬、悔恨や追憶、不安や淋しさであって、老人ホームである必然性があまり感じられなかった。登場する人物(芸能界で活躍した人々の隠居後の生活という設定。)は、ほとんどが隠居後の高齢者なので各人の抱える悩みや葛藤、不安と付き合う時間もたっぷりあるためか、他人のことにすごく関心を持ち、微に入り細に入り人間関係を深入りし、複雑化させる話が多かった気がする。数編しか見ていないので、私の見たドラマがそうだっただけなのかもしれないが。 本書にも著者本人が他の入居者とのトラブルにあったエピソードや、入居者同士のトラブルなどもリアルに描かれており、特に認知症の入居者の話が随所に出てきて、要介護度の進んだ入居者が入居することが比較的多いと思われる介護付有料老人ホームの実態をクローズアップさせていた。

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