NHKの大河ドラマで渋沢栄一を主人公とした「青天を衝け」をみていたら、土方歳三を描いた場面があり、新選組の書き物によく出て来る江戸幕府の奥医師、松本良順についてふと気になって、『暁の旅人』(吉村昭)を読みました。
吉村昭の歴史小説は史実を比較的に忠実に描き、創作性を極力排した作品が多いということで有名です。小説を書く前の取材で、史実の記録や資料が少なく不明点が多いため作品にするのを諦めたケースも少なくなかったといいます。今まで私が読んだことのある小説では、東日本大震災の直後、「三陸海岸大津波」を読み、いつ頃か忘れましたが、「桜田門の変」や「生麦事件」、「彰義隊」、「天狗争乱」も中年に成りかけの頃に読んだ記憶があります。
作家の意図する架空の英雄を作り上げてしまう司馬遼太郎の歴史小説と違って、吉村昭の資料に基づく客観的な歴史小説には好感が持てました。司馬遼太郎が独自の英雄を作り上げてしまったということでは、坂本龍馬、沖田総司、秋山真之などが有名です。また、『胡蝶の夢』も司馬遼太郎が松本良順を描いた小説ですが、読んだ記憶はあるものの内容的には忘れてしまっていますので、後日、機会があれば再読して論評したいと思います。
古い時代を舞台に架空の人物による架空の物語を時代小説といい、歴史上実在の人物を取り上げて史実に基づいて描くのが歴史小説というらしいのですが、世の中にはその歴史小説の主人公が実在した人物と重なり合って、小説家の意図的に描いた人物像がそのまま実在の人物の評価になってしまうこともあり、困ったものだと思っていました。歴史上の尊敬する人物についてアンケートをとると坂本龍馬が第一位らしいのですが、その理由は司馬遼太郎の小説で描写した坂本龍馬への評価であるというから笑えない話です。機会があれば「坂本龍馬私論」でも書きたいと思います。
さて、松本良順ですが、日本人で最初に本格的な西洋医学を学んだ人物です。当時でも蘭方医というオランダからの西洋医学を学んだ医者は相当数いましたが、人体解剖などが幕府では禁制だったので、蘭方医で有名な大阪の緒方洪庵の適塾ですら、机上の書物で学ぶばかりであったので、外科などの実践の医療に関しては相当後れを取っていたらしいのです。
松本良順は江戸城の奥詰め医師であるとともに、戊辰戦争では会津まで行って幕府方の兵士の治療を行っています。新選組との逸話では新選組が西本願寺を屯所にしていた頃、土方歳三に屯所内の病人への衛生管理の指導した話や、鳥羽伏見の戦いの直前に負傷した近藤勇の治療に当たった話などが有名です。
戊辰戦争後、一時投獄されていましたが人材不足の明治新政府は本格的な西洋医学を習得した松本良順をほって置く筈がなく、山形有朋の要請により兵部省に入り初代の陸軍軍医総監となりました。また、本人は我が国最古の西洋医学塾、順天堂(順天堂大学の前身)の創設者の佐藤泰然の次男です。
(写真は過去に行った旅行での記録です。)